『當る 吉例顔見世興行』四條 南座 昭和17年の歌舞伎公演パンフレット

2019年10月6日

今回ご紹介するパブリックドメインの古雑誌は、歌舞伎のパンフレットです。薄い小冊子なので全ページスキャンして掲載します。

開戦から1年後なので、随所に戦時色が見て取れると思います。

表紙

表紙イラストにある劇場は当時の南座でしょうが、現在の外観とあまり変わりないように見えますね。もっとも、昭和4年の建て替え時点で鉄骨鉄筋コンクリート造5階建てになってますので、その後の改修でも外観を維持しやすい構造にはなってたのでしょう。

南座は江戸時代初期からある劇場で、正式名称は京都四條南座です。明治39年以降は松竹株式会社の経営となっています。

演目などの内容

最初の見開きページです。

右ページには、「大東亜共栄圏の建設は着々として其の歩を進められ~」と始まり、「~時局で徒に華美に亙るを避け冗費を省き質実割健なる~」というような戦時中らしい表現の口上文があります。

左ページはゴリゴリの戦時広告です。

戦闘機と撃沈した戦艦のイラストを背景に、

大東亞戦争一周年 記念

って

とあります。

なぜか??演劇論?

附言
時局認識を得ると共に演劇に對する国民の覺悟を促されました穂積先生の御講演筆記を茲に轉載させて頂きまして篤く先生に感謝いたしたいと存じます

Left Caption

ホシガメ

なんか、ご高説を賜らなければいけないってことなんでしょうか?眠くなりそうな予感がしますね。

演劇と國民錬成

東京帝国大学教授 法学博士 穗積 重遠

本稿は去る八月中旬国民新劇場に催された藝能文化聯盟主催
第二回藝能文化講座第一部演劇講座に於ける穗積博士の御講
演の速記録であります。

以下、続きの全文を掲載しますが、長文の補正は面倒なので、スキャン後OCRかけたそのままでの掲載とさせていただきます。所々誤認識のままのテキストになりますので、ご容赦ください。(拡大すれば読めるレベルの画像になってますので、正確な内容は画像にてご確認ください)

 演題はいかめしいが、内容はたいしたことはない。題は時代物なかみは世話物、と御承知頤ひたい。国民錬成といふことが頻りに云はれます。普通には、體育遲勁をする、或ひは勤勞奉仕をする、「みそぎ」をする、といふやうなことでありまして、それは大騨結構だと思ひますが、しかし図民錬成はそれだけではない。あらゆる事がやり方によって図民練成になるのだらうと思ひます。私共の商頁である勉強すること、調べものをすること、大きな本をグンく讀むざと、これ
亦図民練成であって、私は根生にそれをやらせたいと思って居る。或る一事に全力全精膊を集中して一生懸命になることが国民練成になる日本人の一つの長所は一生懸命といふこと、自分の現在ぷっかってゐ

る仕事に一生懸命になれること、それが日本人の値打である。その一 一生懸命を育て上げなければならぬ。今では「一生懸命」と書くけれど②气昔の言葉とし7は「一所懸命」で七う・侍の言葉で、一箇所の領 一地に一命を懸けるといふ所から來たのだらうと思ひますが、この「命
がけ」といふことが日本人らしい所だらうと思ふ。さういふ意味で、一生懸命に芝居をすること、而して一生懸命に芝居を輯ること、これが図民練成になると申すのである。
芝居で図民練成をするといふと、忠君愛國の芝居を觀せる、明治時代に行はれた勧善懲悪劇、といふ風に取れる。それも勿論結構です。
逍佶的な芝居をすることifi結構でありますけれども、芝居としてはそれだけで必ずしもい£
’めでたしぐ」それだけではいけない。唯内容がいλだけでは芝居にならない。私も芝居は随分觀ましたけれども中にはつまらんと思りたものもある、その一つは「重盛諫言」。これは團tgのやつた芝居で、

團十郎のは觀なかったけれども、私の麟たのは歌右衛門でした。貢に立汲な重盛で、恐らく賞際の重盛よりも歌右衛門の重盛の方が立汲だらうと思ひますけれども、芝居は慨に面白くなかった。重盛諫言は不家物語や、日本外史で蹟むと、非常に感激する場面でありますが、芝居でやるとた?すはって理窟を言って居るだけで甚だ面ぼくない・丁慶、私がそれを觀た後に、演藝燮報に「芝居見たま瓦」が出て居た。
如何に其芝居がっまちなかったかといふことを巧妙に書いてあって、その方が芝居より餘程面白かった。即ち忠孝雨全必ずしも面白い芝居にならぬのです。
私の觀た面白い芝居は勿論津山ある。その中で特に印象の殘って居るものX中に「お岩」と「かさね」とがある。両方共、袮幸でした。
五代目菊五郎のは見ませんでしたが、梅幸のお岩は五代目よりよいのではないかと思ふ。相手の宅悗は松衂で、賞に面白かった。「かさね」は羽生村の場で、鏡を見て顔の變ってゐるのに氣がっく所が賞によ。かった。これらの芝居は内容は逍穗的でないかも知れませんけれども、一生懸命の女心の大に竝るものが、そこが芝居としていxのです。よくかういふことを云ひます。御婦人方もおいでになるのに甚だ失鱧ですが、女といふものは始末がわるい、可愛がると甘える、叱るとふくれる、ぷてば泣く、殺すと化けて出る。「その執念深さ」これがやはり一つの日本精辟であって、結局國民精膊の練成になると思。ふ。
皇軍の忠勇義烈、銃後國民の覺悟、その依って来る虚はいろくぁりませうが、その一つは芝居である。先默代々芝居を觀て来た、淨瑠鵈を聽いた、それが今日礬いてゐると思ふ。「おなかゞすいてもひもじうない」といふ予松の辛抱、「たu若君が大市ぞと、涙一滴目に持たぬ、男まさりの歇岡が忠瓏」「伜は御役に立ったぞ」と喜ぷ松王夫

婦、それが今日の兵隊さんと其親逹を作り上げた。そこに大きな演劇の任務があるのだと思ふ。先代萩や、寺子屋のやうな内容のいλ芝居ばかりでなく、内容のいか?はしい心中物にしても、思ひっめては命もいらぬといふ樣な芝居は西洋にはあまりない。そこに日本の吸さがある。よい芝居はもとより結構だが、芝居をよくやることが大切だ。
どんな芝居でもよヽくやる、一生懸命にやるといふことが、今までの日本の芝居の生命である。これからもそれで行かなければいかんと思ふ。
私は以前から芝居の面白い・國はいくさも彊いと思って居る。面白いといふのは、おもしろをかしいといふのではない。眞劍に面白い、一生懸命にやって一生懸命に観倡芝居であります。もう三十年前の古い話にたりますが、この前の毆洲大戦が始まる前から戦爭の初期にかけ 一て、私は西洋に居った。そして戦前にはドイツの芝居、戦爭中にはイ心ギリスの芝居を大分観ましたが、外のことは知らんが、芝居について 一は、ドイツの方が遙に優秀だといふことを、つくづく感じたのであります。ドイツでは、一生懸命に芝居をやり、一生懸命に芝居を観る。
ドイツの劇場内の空気は、賞に嚴肅なものであります。慰み’ごとでな‘く、一生懸命である。私が最も快く思ったことは、殊に歌劇がさうでありtすが、始まると客を入れない。開幕のペルが鳴る淦端に観客席の暃に鍵をかけるので、間誤々々してゐるとはいりそくなふ‐0槻客がチャンと揃って靜肅に莓が上がるのを待ってゐるといふ気分で芝居が始まるのです。常時ベルリンのドイツ座に、ライン’ルトといふ有名な演出家がありまして、シIIタスピア劇を次々に演出してゐたのをよく觀に行きましたが、前責切符を買ひに行くと、責場で其劇でやりを賣ってゐる。沙翁劇の樣な古いものになると、どせ遖しの崟本うは